戸部事件控訴審のデタラメ判決を斬る―こんな判決は犯罪だ!

2008年5月6日
筆・HP管理人萩野谷敏明

「だまれ、だまれ。だまりおろう」
よく時代劇では、役人の不正を訴え出る町人らの前で、悪徳商人と結託している悪代官が怒鳴り散らす場面が出てくる。 今、極めて正当な判断を下した横浜地裁判決(桜井登美雄裁判長)を、すべてひっくり返した東京高裁判決(秋山寿延裁判長)の文面を読み返してみて、これと同様のゴリ押しの横車姿勢を筆者は改めて感じる。

平成16年4月28日の控訴審判決から、既に丸4年が経った。 この間、筆者は保土ヶ谷事件裁判の一審・二審の渦のなかに放り込まれ、生業にも忙殺され、戸部事件HPを省みる余裕がなかった。 今、このHPを再構築するにあたり、@地裁判決と高裁判決を比較し、A自殺か他殺かを総合的に分析し、B裁判では明らかにならなかった事柄を指摘し、C積み残した問題を提起するために、この文書を作成しようと思う。 (なお、筆者と戸部事件との出会いや関わり合いについては、別途、高裁宛ての陳述書に詳しく述べているので、そちらを参照されたい。)

《参照ページ》
東京高裁判決
横浜地裁判決

1.それでも亡柳吉夫は他殺で死んでいる

 戸部事件裁判は、「取調官による誤射」すなわち他殺と判断した横浜地裁判決を、東京高裁が覆して自殺と判定し、最高裁が高裁判決を支持したため、司法の判断としては、既に自殺として確定している。しかし、筆者は「警察官ではない第三者による他殺」と考えているし、その考えは、今も変わっていない。
 警察が説明する事件のあらましは、HPの「事件概要」のところで説明しているので、ここでは繰り返さない。ここでは、地裁判決と高裁判決を概観・比較しつつ、自殺・他殺のいずれに利があるのか、なぜ筆者が亡吉夫は他殺と思うのかを述べることによって、最終的な判断を、読者の裁量に委ねようと思う。

2.高裁判決の根本的欠陥−自殺を裏付ける物証は一つもない

筆者は、高裁判決が申し渡される、その瞬間まで、原告勝訴を信じて疑うことがなかった。なぜなら、横浜地裁の判決を覆すことは極めて難しいと考えていたことに加え、高裁審理の過程で警察が新たに提出した59点の証拠物のなかに、他殺を更に推認させる、または裏付ける材料はあっても、自殺を推認させる、または裏付ける材料は、ひとつもなかったからである。
 民事裁判では、原告側は、相手の非を証明しなければならない。 警察が大量に証拠を持ち、裁判所への提出を拒んでいる状況の下では、その作業は困難を極める。 例えば、1)回転式拳銃を掴んでいれば、サイド・ブラスト現象によって、当然、手のひらに付くはずのパウダー・タトゥー(スス付着/火傷)を、警察はどのように検証したのか、2)銃弾を包んでいたB袋は、どの程度の厚みをもち、どのような性状を持ったビニール袋なのか、3)拳銃の発砲距離は、どのように鑑定されているのか、などは、我々一般市民には、分かりようもない。

サイドブラスト現象
(銃身と回転弾倉の間から火薬残渣が吹き出す現象)


 しかし、横浜地裁は、警察が持っているはずの証拠を出さないことも加味して、極めて常識的かつ正当な判断を下していた。今、地裁判決文を読み返してみても、取調室の壁にかかっていたカレンダーの月を見誤った以外は、そのほとんどについて筆者は同意する。公権力のメンツを守るばかりの判決が多い昨今、このような稀有な判決を出してくれた桜井登美雄裁判長に、筆者は改めて感謝したい。
 さて、控訴審では、今度は警察の側が「横浜地裁判決の非」を証明しなければならない仕組みである。控訴にあたって警察側がその主張を述べた準備書面(1)及び、それを丸呑みにした東京高裁判決は、「横浜地裁判決の非」すなわち「自殺説」を証明しきれているだろうか。警察側の主張と東京高裁判決を概観すると、亡吉夫の自殺説は、すべて、その場に臨場していた警察官の供述・証言に基づくものばかりであって、自殺を裏付ける非供述証拠(物証)は、ひとつもないのである。
 例えば、遺書があった。遺書の存在は自殺を裏付けるものだろうか。世の中には、万一に備えて、遺書を銀行や弁護士に預け、自殺などは全く考えず天寿を全うしようと生きている人は多い。筆者も遺書を保管し、時に携行してさえいる。
 また、接射に近い状況があった。接射でも人を殺せる。接射であれば、自殺なのだろうか。接射であることは、警察の説明の一部に事実と矛盾がないことを示すだけであって、その全部について矛盾がないことを示すものではない。
 そればかりか、警察の説明ないし警察官の供述・証言には、事実と異なる点や、不可解・不自然な点が多い。しかし、高裁判決は、それらを時に無視し、時に不合理としか考えられないような理由付けで正当化し、全て矛盾ないものとして認めてしまった。
 物証がなく、供述証拠だけで物事を決めてしまい、あとで別の証拠や証言があり、結果として冤罪であったという裁判は多い。ところが、戸部控訴審は、誰の取調べも受けない警察側の言い分だけで、あっさりと一審判決を否定してまった。
 控訴審における「相手の非」とは、原告の非ではなく、一審の非であった。つまり、一審判決を覆すなら、それに足りる理由、すなわち「自殺を裏付ける物証」がなければならない。「自殺を裏付ける物証」とは、この場合、亡吉夫が「これから自殺する」と宣言した文書がある、自殺の状況を録音・撮影したテープがある、あるいは、亡吉夫の手からサイド・ブラストによる火薬残渣が検出された、あるいは、死亡直後に、その手にススの付着や火傷の跡があり、それを撮影した写真がある、などのことである。しかし、そのような物証があったのではない。
 戸部控訴審判決は、一方の言い分だけを認め、非常識な推定で一つの判決をひっくりかえすという、前代未聞の判決なのである。とても公平・厳正な裁判とは言えない。杜撰などというレベルではなく、裁判所自身が被告警察の弁護人になり、恣意的に公権力のメンツを守ったと言われても仕方のない判決なのである。

拳銃自殺した人の左手のひら
出典: Forensic Tutorial「法医学講義」 出典:"Gunshot Wounds"

出典:"Gunshot Wounds"

以下、要点をひとつずつ見ていく。

3.亡吉夫の手に火薬残渣がなかったことが、自殺ではない唯一最大の理由である。

 亡吉夫の両手に貼った粘着テープ(以下、「乙58」という)から、火薬残渣は発見されなかった。また、彼の手にパウダー・タトゥーがあったという証拠もない。これは、亡吉夫が、拳銃を発射していないことを示す物的証拠ではありこそすれ、その逆では有り得ない。
 警察側は、亡吉夫の両手から火薬残渣が発見されなかったことについて、「病院での医療行為により、手に付着した火薬残渣が拭き取られた可能性がある」と主張する。しかし、医療行為により拭き取られる以前に、亡吉夫の手に火薬残渣が付着していたことを示す証拠は、何も提出されていない。もし仮に、事実として亡吉夫の手に火薬残渣が付着していて、医療行為で拭き取られたのであれば、乙58から火薬残渣が発見されないとしても不思議はないのかもしれない。しかし、火薬残渣が付着していたか、そうでないか、分からないのだから、乙58は、亡吉夫が拳銃を発射していない可能性を示す証拠という位置づけのはずである。
 また、乙58を見ると、赤い血痕様の付着物がある。一方、乙50を見れば、亡吉夫の左手に血が付いていることは明らかであり、この血が乙58に付着した可能性が極めて高い。手に貼った粘着テープに血が付いていれば、医療行為で手を拭き取ったことにはなり得ない。
 更に、これに関連して、一瀬鑑識係長は、その陳述書を読む限り、亡吉夫の搬送先である浦舟病院の死体安置室において、いったん亡吉夫の手に粘着テープを貼り、遺体が戸部署に戻される際、手の付着物が逸散しないよう、亡吉夫の手をビニール袋で覆っている。
 ならば、彼は、これから行なう重要な鑑識活動を妨げないよう、あらかじめ病院側に警告しなかったのか。彼の陳述書には、看護婦がうっかり亡吉夫の手を拭いてしまい、鑑識活動を妨げられて困ったという記述は書かれていない。
 また、彼はカメラを携行して浦舟病院に向かい、遺体が戸部署に戻って検視が行なわれている最中も、その状況を写真撮影している。そうであれば、彼はなぜ、亡吉夫の手について何も撮影していないのだろうか。
 ススが高熱を伴って皮膚下に入り込むので、刺青のように一生消えないというパウダー・タトゥーである。亡吉夫の手について、多少なりともススが残っているか、あるいはパウダー・タトゥーの存在を示す状況があれば、鑑識課員である彼は必ず撮影していなければならない。しかし、彼が亡吉夫の手を撮影したという証言もなければ、写真も提出されていない。
 そればかりか、彼の陳述書を読めば、手の状況がどうだったのか、覚えていないという。上述の事情に照らせば、彼は、手のパウダー・タトゥーの存在の有無こそ、亡吉夫が拳銃を発射したのかどうかを分ける重要証拠であることを充分認識していたはずなのに、亡吉夫の手にスス等の付着物があったのかどうか、火傷の痕があったのかどうか、覚えていないという。
 これは、とりもなおさず、亡吉夫の左右の手に、特異な状況がなかった(つまり、彼は拳銃を発射していない)ことを示す、何よりの証左と言うしかない。一瀬係長は、亡吉夫の手に異常があったと陳述すれば、乙58の状況と矛盾することになり、逆に、異常がなかったと言えば、亡吉夫が拳銃を発射していないと証言することになるので、組織の一員としての立場上、「記憶にありません」と陳述するしかなかったものと思われる。
 ところが、秋山裁判長は、乙58に付着している血痕様のものについては何ら触れず、一瀬鑑識係長の行動について当然に湧く疑問についても一切触れず、その陳述を淡々と判決文に折り込み、それが事実の全部であるかのごとき評価を与えている。そして、内山技官の意見書から「たとえ燃焼ガスが噴出しても、手の表面に灰白色あるいは灰黒色のススの付着はあっても、容易に確認できるようなやけどをする可能性は低い」の言葉を引用して、「そうすると、亡吉夫の左手に火傷の痕跡が認められないとしても、不自然とは言えない」(判決文P54)などとしている。
 筆者は裁判官に、自ら回転弾倉を握って銃を発砲してみろといいたい。もしこのような判断が罷り通るならば、手に粘着テープを貼るなどという鑑識活動が、なぜ存在するのか、全く無意味となってしまう。亡吉夫の左手に異常がなくても、亡吉夫が回転弾倉を順手に握って発射したという事と矛盾しないならば、長谷川巡査部長と佐藤警部補に貼った粘着テープから火薬残渣の検出がなくても、彼らのいずれかが拳銃を握って発射したという事と矛盾しないことになってしまう。
 粘着テープについて結論を言えば、長谷川巡査部長、佐藤警部補のいずれの身体部位からも火薬残渣が発見されず、このことは亡吉夫についても同様であった。従って、彼ら以外の、第三者による発砲を疑うほかはないのである。 (無論、地裁が指摘するように、警官二人については深夜に至って粘着テープを貼ったので、それまでに洗面等により火薬残渣が消失した可能性は否定できず、誤射の可能性は残される。)

4.長谷川供述を丸呑みにした高裁判決に合理性があるのか

横浜地裁が「本件けん銃に本件銃弾が装てんされるまでの経過は、それ自体矛盾が多すぎて到底採用することができないという以上に、いわば荒唐無稽に近い」とまで評した、長谷川供述に基づく亡吉夫の自殺ストーリー(以下、「長谷川ストーリー」という)を、秋山裁判長は、全面的に採用した。同じ事情について、二つの判決は、判断が全く異なっている。では、秋山裁判長は、いかなる理由で、長谷川ストーリーを採用したのだろうか。

長谷川ストーリーの骨格をなすものは、次の2つである。

@B袋からの銃弾抜き取り:
佐藤警部補が茶封筒を落として屈み、身を起こすまでの5秒程度の間に、佐藤警部補や長谷川巡査部長に気づかれることなく、亡吉夫はB袋から銃弾を抜き取った。(乙6事件再現の写真18)

AA袋からの拳銃取り出しと弾の装填
2度目の拳銃提示の際、長谷川巡査部長に気づかれることなく、A袋から拳銃を取り出し、弾を込め、自らに向かって発射した。(乙6事件再現の写真40)

 @について、地裁判決は1)ビニール袋が触れ合い、又は屈折することで「クシャ、クシャ」と音がする、2)一塊となった銃弾の山が崩れ、銃弾同士が触れ合い、又は机の上に落下して音がすることも充分に考えられる。3)また、いつ長谷川ら2名が、その音や気配に気づいて再び顔を上げるとも限らない状況の中で、2名に気づかれもせず、銃弾の抜き取り動作を難なく完了することは、到底不可能であることは自明である(判決文P91〜92)としている。
 これに対する高裁判決の該当箇所は P42〜P44であり、「本件事故後に確認したB袋の穴は11ミリメートルで、本件実包と同型の弾を抵抗なく通過させることができることに照らせば、数秒程度の短時間内に、周囲の者に気付かれることなく、このビニール袋の外から手を当てて本件実包を抜き取ることは決して困難ではないことが推認される」「クシャ、クシャと特有な音が出るという判示は、格別の証拠に基づかない推測の域を出ないものといわざるをえず、失当である」などの文言となっている。
 裁判官は頭がおかしいのだろうか。「抵抗なく通過させることができる」とは、乙80号D番写真を指すのだろう。これは、あくまで事件後に、既に袋に穴が開いている状態であって、それなら簡単に弾を通せるのは、当たり前ではないか。問題は、穴がまだ開いていない袋から、簡単に、音もさせず、気付かれもせず、銃弾を取り出せたかどうかである。
 クシャ、クシャと特有な音が出るかどうか「格別の証拠に基づかない推測の域」とは、いったい何の言い草だろうか。B袋が特定できたのは、高裁になってからである。B袋からの銃弾抜き取り実験をやるために、我々は、このB袋(大倉工業のOK袋)を購入し、その一部を高裁に提出している。手元でビニール袋をいじってみることもしなかったのか。だいたい、こんな常識的範囲に属することについて、「証拠がない、推測の域を出ない」などとは、難癖に等しい。 裁判官の言い草は、「最初から袋に穴が開いていたから、弾が難なく通っただろう」と言うに等しい。これが裁判官の言うことか。いくら不公平・偏頗な判決文を書くにしても、もう少しましな屁理屈を考えたらどうか。

乙80号D番写真

 また、地裁は「銃弾の山が崩れる、互いに擦れ合う金属音」についても指摘しているはずだが、高裁判決文は、そのことに全く触れていない。
 更に、地裁は「人は、対象が客観的な視界に入っていても、その対象が静止している限り、その存在に気づかない場合が往々にしてある。しかし、対象が動けば、その存在に容易に気付くはずである。殊に本件では、けん銃とその適合実包であり、その操作に習熟している粗暴な亡吉夫の面前に置かれているのである」(地裁判決文P92〜93)として、2人が気づかないまま、B袋が亡吉夫の手にあり、銃弾を抜き取れたはずがないとしているが、高裁判決文は、このことにも全く触れていない。
 そして、我々が提出した「B袋銃弾抜き取り実験」については、ホローポイント弾を使わず、「フルメタル・ジャケット弾頭の模擬銃弾を使用していることに加えて、実験方法の信用性を裏付ける証拠もないから採用できない」(高裁判決文P43)と書いている。
 おそらく、このような判決を下す裁判官には、ホローポイントの模擬弾はおろか、実弾を使った実験をやっても、説得は不可能であろう。メーカーが同じかどうか分からないなど、また難癖を付けるに決まっている。要するに、はじめから、一切、聞く気がないのである。
 Aについては、右利き・左利きの論議や、拳銃をいじるときのカチャ、カチャという音、弾倉固定子を銃身に固定させるときのカチッという音などについて、地裁も高裁も、かなりの頁数を割いているが、筆者は、そのいずれにも関心がない。これらは、短時間の間の出来事であることに加え、様々なバリエーションが考えられるので、いずれとも判断し難いからである。

 但し、横浜地裁判決文が、亡吉夫が拳銃を使うにあたり「ここでも、ポリ袋を手にした場合に出る音の問題に言及せざるを得ない。A袋ないし亡吉夫の動静に気付かなかったとする長谷川調書等の部分は採用することができない」(地裁判決文P101)としているにも関わらず、この、拳銃をポリ袋から取り出す時の音について、高裁判決文は全く触れていないことは、指摘しなければならない。
 どうしても説明が付かない事について、高裁判決はことさらに無視を決め込んでいると思う。 地裁判決は、神奈川県警にとって打撃であった。だから、どうしても、どんな曲解と無視と屁理屈を用いても潰さねばならない。そういう動機が、東京高裁に働いたことは間違いないと思う。こんな判決を書くことは犯罪だ。 地裁判決と高裁判決と、どちらの方に合理性があるかは、判決文を読み比べて、めいめいに判断して戴きたい。

5.後出しジャンケンのような大量の証拠と理由付け。でも、まだ足りない重要証拠。

 横浜地裁の判決文は、「本件事故の捜査を、事故が発生した戸部署の当の刑事第2課に関与させ、なすべき証拠の保全をせずに却ってこれを散逸させて事故の痕跡を粗方消し去り、偏頗な捜査を遂行し、本件訴訟においても実に低調な反証活動しかしてこなかった」(P128)としている。おそらく、警察のような公権力を相手に、これだけ厳しい判決文が書かれることは、日本の裁判史上でも稀有のことなのだろう。
 この文章は、隠蔽工作の存在をも臭わせる。これに対し、東京高裁判決は、県警の準備書面(1)の主張を、ほとんど書き写しと思えるほど全面的に取り入れているので、このような隠蔽工作じみた部分に触れることは全くしていない。
 もし、横浜地裁判決が、これほど警察にとって厳しいものでなければ、このHPに掲載している乙39から乙97までの59点の証拠の提出は、恐らく、なかったのではあるまいか。
 入院抄録や科警研への依頼書のような、あまり意味のないものもあるが、亡吉夫の両手に貼った粘着テープ(乙58)、事件直後の取調室内の写真(乙50)、鑑識活動の状況をうかがわせる一瀬鑑識課員の陳述書(乙46)、グァム島接射実験と同様の接射実験や、豚肉を使っての射撃実験を行っている内山技官による検査書(乙88)などは重要な証拠であり、他にB袋のメーカーと商品名を特定できたことは、事件の真相に一歩近づくものであった。
 無論、東京高裁は、「長谷川ストーリー」に都合の良いように、警察側の都合の良いように、これら新証拠を解釈し、相互の矛盾点、物証と証言との矛盾点には、敢えて目を塞いでいるのであるが、見るべき人が見れば、それらが不当であることは、一目瞭然なのである。
 警察は、地裁段階でこれらの証拠を出さなかったことについて、プライバシー保護を理由にしていた。これが全く的外れな理由付けであることは論を待たない。
 なぜなら、刑事事件であれば、被告の罪が確定するまでは、被告のプライバシーは保護されなければならないだろう。しかし、戸部署事件の場合は、既に警察が本人の死亡と共に幕を引いてしまい、刑事事件の法廷は開かれていないばかりか、本人の遺族が父親の死の真相究明のために、資料提出を要求しているのであるから、警察が故人である亡吉夫のプライバシー保護を理由として、法廷に資料を提出しない道理はないのである。
 提出すると都合が悪いから出さなかった、と受け取るのが世間の通常の見方ではあるまいか。例えば、亡吉夫の両手に貼った粘着テープに火薬残渣がないこと、事件直後の取調室内の写真に、拳銃も、拳銃を包んでいたA袋もないこと(現場をかき乱し破壊していること)、内山技官の豚肉実験でも、シリンダ・ギャップから黒い残渣が飛び出すことが検証されていること、などは被告警察にとって悩みの種であったに違いない。

科警研・内山技官による豚肉実験
乙88号・写真121 乙88号・写真122
射撃状況
皮付き豚肉の皮の付いた面を拳銃の上に被せてブレイザー実包(ホロー・ポイント弾)を射撃した。
射撃直後の豚肉の表面
黄色の丸で囲んだ部分が、銃口から噴出した火薬ガスにより黒ずんだ箇所である。赤色の丸で囲んだ部分が、シリンダーギャップから噴出した火薬ガスにより黒ずんだ箇所である。 (人の手の皮膚は豚肉の表皮より薄いので、シリンダ・ギャップが大きい銃を使えば、火傷やススの沈着は起きると考えざるをえない。)


 横浜地裁が厳しい指摘をしたことで、新証拠を出すにあたって、警察側が苦し紛れの理由付けをしていると思われる部分がある。
 例えば、「椅子も、その背もたれに縛り付けられた腰縄が床に倒れる亡吉夫に引っ張られて、同時に転倒したと考えてもおかしくないが、実況見分調書には、それすら現れていない」(横浜地裁判決P122)という下りがある。新証拠である乙50(豊田巡査部長が撮影した事件直後の写真)でも、椅子は倒れていない。当然、椅子が転倒しないのはおかしい、または、転倒していなくても、腰縄が椅子に縛り付けられていないのはおかしい、と思うであろう。このことについて、県警の準備書面(1)には「腰縄を椅子のパイプに緩めに結びつけた」(P17)と記述されている。緩めに結ぶべき特段の理由もなければ、緩めに結んだと裁判で聞くのも初めてであり、緩めに結んだかどうかなんて、何年も前のことが分かるはずもない。
 無論、既述のごとく、手の残渣が医療行為で拭かれたのだろう、というのも、取って付けたような理由にすぎない。これも高裁段階で警察官が病院に問い合わせ、その電話記録を基に言い出していることであり、事件当時、鑑識活動の妨げになったという記録があるわけでもない。何より、粘着テープに亡吉夫の手に付いていた血と思われる赤い斑点が2つあり、医療行為で拭かれていれば、手の血液が粘着テープに付くはずがないのである。
 また、突然に現れて消えたD袋について、横浜地裁判決は「乙7の写真番号1ではD袋が写されていてポリ袋が二重となっているのに、写真番号2ではD袋が写されておらず、ポリ袋が一重になっていない事情を、他の証拠方法により立証しようともしない」(横浜地裁判決P124)と指摘した。
 すると、高裁段階では「篠崎陳述書」が登場し、「それは自分が38口径弾と22口径弾を区分けするために加えたものです。川崎刑事が、事件とは関係ないと考えて外したのでしょう」という理由の提出となって現れた。なぜ、地裁段階で、そのような説明をしなかったのだろう、という疑問は当然に湧く。またもし、そのような事情があったのなら、証拠品に手を加えたのだから、そのことにつき、理由を添えて乙7号証に注記のような形で述べるのが当然なはずである。でなければ、捜査員が手を加えた状況が、現場の事情としてカウントされてしまうからだ。
 篠崎警部補は、取調室から拳銃とA袋を運び出す作業もしている。既に亡吉夫に脈がないことが分かっているなら、拳銃は少し離れた場所に移動させるぐらいですむはずのところ、なぜ、わざわざ運び出すまでのことをするのか、筆者には全く分からない。特に、何ら危険のないA袋を、どうして持ち出したのだろう。
 まあ、そこは推定にすぎないから、よしとしよう。しかし、彼が、亡吉夫の左手の脈を取って、胸の上に置いたという動作について筆者は信用できない。 なぜなら、このHPの焦点5「柳氏は、第2取調室で死亡したのか(2)」で説明しているとおり、死亡直前の亡吉夫の左手は、右わき腹から心臓付近にかけて移動していると考えられるからだ。

《参照ページ》
遺体の移動

 なお、筆者は、まだ高裁にも提出されていない重要な証拠があると考える。
 上述の、@一瀬鑑識課員が撮影しているはずの亡吉夫の手の写真のほかに、AB袋の指紋鑑定結果、B科捜研の銃弾試射分解実験記録、C寺島巡査長が撮影したかもしれない写真である。
 証拠説明書(1)の乙69の欄には「本件けん銃、各実包、A袋及びB袋から指紋検出を依頼している事実」と書かれている。拳銃とA袋から検出された指紋2個は識別不能であったということだが、B袋については、どうだったのか。「長谷川ストーリー」が真実であれば、亡吉夫が掴んだり、指で摘んだりしているはずだが、指紋検出は依頼しておきながら、その結果については提出されていない。あるいは、第三者の指紋が、べったりとついていたから、出せないのではないかと考えてしまう。
 D袋があったかどうかについて、現状では篠崎係長の証言を、そのまま受け取るしかない。しかし、科捜研が4発について分解試射したなら、その報告書には、返送にあたって銃弾をどのように包装したのか、書かれているはずである。それが、本件銃弾の包装が一重であったことを示すものであれば、直ちに物証として文句の付けようもないのに、なぜ提出されないのか不思議である。
 寺島巡査長は、3階の刑事1課にカメラを借りに来た当直員である。山田刑事第一課長の陳述書には「午後2時50分を少し過ぎたころ、盗犯係で当直員の寺島巡査長が、あわてた様子で鑑識係の所へ、『カメラを貸してくれ』と言いながら駆け込んできた」とある。つまり、事件現場を撮影している人物は、乙50や乙7を撮影している豊田巡査部長だけではないのである。何か、提出しては困るような物が映っていたのか、と考えてしまう。

6.不自然な取調室の状況

 地裁判決には、「被告(本件県警本部、戸部署)による上記証拠隠滅及び偏頗・不公平な捜査等」(判決文P130)という穏やかならざる文言がある。「実況見分調書(乙5)に添付されている写真に写されている本件取調室の情景は、余りにも整然とし過ぎている。その直前に発生した正に驚天動地の出来事である本件事故の様子自体が微塵も認められない」(P122)とある。
 火薬残渣について言うと、亡吉夫側の机から火薬残渣が3個、長谷川部長側の机から1個、亡吉夫の上着とズボンに掃除機をかけて2個というのは、非常に少ない印象を受ける。そのうえ、秋山裁判長によれば、威力が小さい実包であったと思われるので、亡吉夫の左手に「火傷の痕跡が認められないとしても、不自然であるということはできない」そうだから、非常に「クリーン」な射撃であったことになる。回転弾倉を掴んだ手にススが付いていても、そのうち一つも、取調室内に零れ落ちることはなく、看護婦が全部拭き取ってしまったことになる。(東京高裁は、このような不自然きわまりない状況を想定していることに、何ら疑問を感じないのだろうか。)射入口から吹き出た血も、衣服が全て吸い込んでしまい、僅か数滴も床に落ちなかったことになる。
 血液について、床に落ちていた一滴の血が円形であり、真上から落ちたものとしか考えられないと元東京都監察院長の上野正彦氏が指摘している事情はHPに掲載した。この血液は、救急隊が到着する前の乙50にも写っている。あんな離れた場所に、一滴だけ落ちているのは、あまりにも不自然である。
 筆者は、「長谷川ストーリー」を全く信用していないので、机が果たして2個だったのかも疑わしいと思っている。むしろ、手を伸ばしても届かなかった、という理由付けに使われたぐらいに考えている。
 取調室の机は、普通は一個だろう、という指摘は、裁判のかなり早い時期からマスコミ人の間で指摘があった。なぜなら、容疑者までの距離がありすぎると、証拠品提示の際に、容疑者が証拠隠滅を図る恐れがあるからである。例えば、麻薬やメモを飲み込んでしまう、という事態が考えられる。また、ナイフの提示などは、極めて危険な状況だろう。取調官は、容疑者が不審な挙動を取れば、すぐに制圧できる位置にいなければならないはずだ。
 つまり、二つの机の上を拳銃や銃弾が行き来し、それらを容疑者が手にしても全く気がつかず、発砲直前に「壊されると思った」などと考え、亡吉夫が自らに向けて拳銃を構えても手が届かなかったという状況は、それが真実ならば、よほどにマヌケな話なのである。
 無論、取調室の机は一つでなければならないという規則もなければ、ガイドラインもないだろう。しかし、山田浩刑事第一課長の陳述書(乙42)のなかに「机を2個も並べているから自殺者との距離がありすぎて、長谷川部長は咄嗟に自殺を制止できなかったのだな、と感じました」(P3)という下りが出てくる事情からすれば、彼ら戸部署員にとっても、取調室の机が二つあるという状況が、特異であったことを示している。

7.不毛な接射・非接射の論議

接射であっても人は殺せる。接射であることは、拳銃を発砲した際、銃口が被害者の射入口の近くにあったということを示すだけであり、執銃者が誰かという問題とは何ら関係がない。そして、発砲時の執銃者については、上述のように、亡吉夫ではないことを示す証拠しかないのである。
 ところが、県警は「本件が接射であることは、本件が亡吉夫の自殺であることを示す重要な間接事実」(準備書面(1)P51)などと、素っ頓狂な主張を繰り返し、東京高裁も、津田監察医や内山技官の意見を鵜呑みにして、銃創2時方向の「赤い三角形」が照星痕であると決め付け、それをもって直ちに自殺の理由の一つに挙げている。
 これが照星痕でないことは明らかであり、そのことはHPに掲載しているので、参照して欲しい。
 ただ、発砲距離が長くなればなるほど、警察が説明する自殺時の亡吉夫の状況としては、不自然あるいは不可能な射撃体勢となり、亡吉夫の自殺説は崩壊する。
 ここでは便宜上、米国の通例に従い、発砲距離を次のように定義する。

  • 「密着接射」 (hard contact wounds) 銃口が皮膚ないし着衣に強く押し付けられた状態での発砲。特徴は銃口の刻印象(muzzle imprint)や皮膚の剥離(abrasion)を生じること。
  • 「接射」(loose contact wounds)銃口が皮膚ないし着衣に触れた状態での発砲。
  • 「準接射」(close-contact wounds) 約1インチ(2.5cm)程度離れた状態での発砲。射入口の付近の特徴は、銃口からの炎を受けて焼け焦げを生じる、または黒いススの集中を受ける。
  • 「近射」(intermediate range wounds) 1インチから18インチまでの発砲。射入口の付近の特徴は、分散する火薬粒を受けて、スティップリング(stippling)を生じる。
  • 「遠射」(distant wounds) 18インチを超える距離からの発砲。射入口付近の特徴は、黒いススの付着やスティップリングを生じないこと。

上述のとおり、銃創2時方向の「赤い三角形」が下着に付いた血液が皮膚に投影したものであり、照星痕では有り得ないことから、少なくとも、密着接射では有り得ない。

《参照ページ》
銃創2時方向血痕の検証

 また、グァム島接射実験、科警研・内山技官の接射実験29番・70番写真の結果から、接射であれば、下着の射入口のサイズが弾径の4倍ぐらいになること、しかし、亡吉夫の下着の射入口のサイズは弾径とほぼ同等であること、上着の射入口に焼け焦げやススの集中が見られないことから、接射でもないと思われる。
 そして、トルソ実験の結果から、筆者は、発砲距離は準接射以上であると考える。それ以上の距離については、着衣への呈色反応試験(発砲距離試験distance determination tests)を行なっていないので、分からないとするしかない。
 HPでも述べているように、着衣を通しての発砲の場合、接射か準接射であれば、着衣の繊維が、かなりの量の熱とススを受けこと、また、近射であれば、ビュレット・ワイプ(繊維が弾丸の周囲のススを拭き取り、黒い輪/汚物輪を作ること)を起こすことから、皮膚射入口から発砲距離を割り出すことは不可能である。
 トルソ実験(甲41)は、マネキン様の人体模型に、亡吉夫の着衣を縫い合わせて着せ、肩から射入口までの距離が一致するかどうかを検証した特異な試験である。射入口が一致した状態で、無理なく衣服を着せることができれば、接射の可能性はある。しかし、実際は、上着の射入口と下着の射入口の高低差は3cm余もあり、射入口を一致させることは困難であった。

 これについて、東京高裁判決は、次のような理由を挙げて、トルソ実験の結果を否定した。

    1)銃創2時方向に照星痕がある。
    2)トルソの場合は、両手を下に垂らした状態にあるが、亡吉夫の射入角度からは、両肘は腹から胸の高さ程度まで吊りあがっていたから、上記の高低差が生じる可能性もある。(判決文P49)

1)は繰り返さない。これは照星痕では有り得ない。2)については、裁判官は自分が言っていることの意味が分かっているのか?と思う。仮に、両肘が胸辺りまで吊り挙がっていたら、左手が体に対し45度角を持って回転弾倉を握ることが、著しく困難になる、というより不可能だ。また、警察が説明するような射撃体勢で、発砲時に両肘が胸当たりまで吊りあがっていれば、当然、上着が下着に対してせりあがる形になっているから、トルソのように、だらんと下に垂らせば、上着の射入口は、下着の射入口より下に来てしまう。

高裁判決の言うように、肘を胸まで挙げて射入角を実現すれば、
極めて不自然な射撃姿勢になる
 

 ようするに、高裁判決は、ろくな考証もせず、なにがなんでも、警察の言うとおり、接射にしたいだけなのだ。
 そして、仮に接射であったとしても、それは、警察が説明する事件の態様の一部について、物証との間に矛盾を生じないというだけであり、自殺までを含めて全部を証明するものでは有り得ない。
 つまり、物証としては、@亡吉夫の手から火薬残渣が発見されない、手にパウダー・タトゥーの存在したことを示す証拠もない、すなわち、亡吉夫は執銃者ではない、A発砲時、拳銃の銃口は亡吉夫の近くにあったが、準接射より遠い距離であり、密着接射ないし接射ではない、という事実しか有り得ないのである。

8.真実はいずこに―積み残された課題

 地裁・高裁で展開してきた神奈川県警の主張、証拠、その解釈などを読めば、心眼を持った人には、県警が何かを隠している事情が見て取れるであろう。一つ一つのことは、つじつまがあっているように見える。しかし、全体として見れば、常識的に考えづらいことが、驚くべき偶然性をもって、取り敢えず整合している状況が見て取れるはずである。
 例えば、拳銃と銃弾が亡吉夫の手に渡ったことを、取調官が気付かなかった。火薬残渣が、ほとんど空中に飛散せず、大部分は亡吉夫の体内に入ってしまった。手に付いたはずのススも、全く取調室内で振り落とされず、病院で看護婦が拭き取ってしまった。驚天動地の事件なのに、鑑識課員が亡吉夫の手の状況を覚えていない。血液は全部衣服が吸い込み、床に落ちなかった。一滴だけ、遠くに飛んだ。腰縄は緩めに結んだので椅子から外れた。事件と関係のないD袋が加わったので、撮影の途中から外した、等々。
 一つ一つの偶然は、あるかもしれない。しかし多数の偶然が積み重なれば、話ができすぎている、ということになるだろう。
 人を言葉ではなく、その行いを見よという。県警は、なぜ、乙27号証のようなペテン実験をやったのか。亡吉夫の左手に貼った粘着テープの存在について、口をつぐんできたのか。そして、原告に懇切丁寧な説明・説得をするのではなく、敵意剥き出しのような裁判を延々としてきたのか。やはり、県警は、何らかの事情を知っていて、隠していると思わざるを得ない。

9.第三者による射殺の可能性

 長谷川巡査部長、佐藤警部補の両手から火薬残渣が発見されず、亡吉夫の両手からも火薬残渣が発見されないので、第三者による射殺の可能性を考えざるを得ない。
 無論、横浜地裁が指摘するように「何らかの理由による暴発・誤射」の可能性は捨てきれないが、それは取調室が、長谷川巡査部長と亡吉夫の二人だけの密室であったという前提に立っている話である。筆者は「長谷川ストーリー」を全く信用していないので、その前提すら、確固たるものとは考えていない。
 拳銃から採取した指紋は識別不能とのことであり、線状痕検査もしていないから、果たして、「本件拳銃」から、亡吉夫の体内に入った弾が発射されたのか、それすらも断定できない。何者かが「本件拳銃」を奪って亡吉夫を撃ったのかもしれないし、あらかじめ用意した38口径の拳銃で射殺したのかもしれない。
 沼津事件のいきさつを見ても、亡吉夫は、相当に人から恨みを買うことをしてきた人物のように思われる。
 拳銃の入手ルートについては、県警の準備書面(1)には、「暴力団員から貸金の返済の代わりに貰い受けた」(P11)とあるかと思えば、「フィリッピン人から買った」(P89)とあり、相互に矛盾している。そして、東京高裁は、その矛盾している事情に何の不思議も感じず、そのまま判決文に書いている。
 この暴力団員とは、村田弁護士作成の答弁書によれば、元関東稲川会系暴力団組長で故人の槌田政義(仮称)と思われ、横浜地裁の認定でも、同人物となっている。神奈川県警は、この人物を経由した拳銃の入手ルートについて、捜査をしていないのだろうか。
 また、横浜地裁判決文P11には、この人物が「戸部署に出入りしていたことのある者」と書かれているが、亡吉夫の拳銃入手先である人物が「警察署に出入りしていた」とは、尋常ではないように思われる。もっとも、亡吉夫も香港で拳銃密輸をたくらみ、逮捕され、刑務所内で広東語に習熟したために、戸部署の要請で通訳をしていた(元妻・田代百合子さんの話)というから、警察とやくざは、案外にツーツーなのかもしれない。
 実際、暴力団員にデリヘル嬢を世話させ、逮捕された神奈川県警の刑事がいたことも、我々の記憶に新しい。ある部分では処罰し、ある部分では、持ちつ持たれつでやっているのかもしれない。
 ジャーナリスト・津田哲也氏の調査によれば、亡吉夫が逮捕される直前、亡吉夫は、この槌田政義の実弟を監禁して借金の取立てを行い、900万円を強奪したという。その事情は、横浜地裁の判決文にも認定事項として書かれている。そうであれば、このカネをめぐって、槌田兄弟と亡吉夫はトラブル関係にあったかもしれない。
 甲38は、内容が内容なので、HPへの掲載は、はばかられた。これは、亡吉夫が、知人に電話した会話の録音テープをスクリプトに起こしたもので、それによれば、亡吉夫が何者かに殺人を依頼されたことをほのめかしており、それが嫌でタイに高飛びを計画している内容になっている。
「俺は、近藤さん(仮称)みたいによう、ドジを踏むようなやり方は何もしてきてないからな。全部よう、いつでも俺なんか・・・・、本当だよ。すっと、いなくなるよ。」
などと書かれている。
 この会話があった約一週間後、亡吉夫が拳銃を所持していることを戸部署に通報した者があり、それによって彼は銃刀法違反で逮捕され、その約一ヶ月後、戸部署内で死亡した。亡吉夫が拳銃を所持していることを知っている者は、その近親者であろう。村田弁護士作成の答弁書によれば、この通報者とは内妻の河崎安子になっている。
 ただ、筆者は、裁判の途中から参加したため、亡吉夫をめぐる人間関係について、村田弁護士や津田哲也氏と行動を共にして調べたわけではないので、文面に出ている以上の深い事情は知らない。あまり確信の持てないことは言うまいと思う。
 また、「柳吉夫との利害関係の確執」というカテゴリで括った場合、ありとあらゆるワイルドな推測が入り込んでしまう。金銭トラブル、殺人依頼を断られての口封じ、かつての遺恨など、とめどもない。また、そのどれ一つをとっても、直ちに殺害の動機とはなり得ない。今ある情報量で、真犯人に辿り着くことは不可能であり、そのようなワイルドな推測をHPに書き連ねることも不適当と思う。
 ただ一点、分かっていることがある。それは、神奈川県警が隠し事をしている、ということである。そして、県警が真実を語れば、我々は真犯人に辿りつくことができるように思われる。

10.おわりに

筆者は、40代の多くの時間を、保土ヶ谷事件と戸部事件のために割いた。いずれも原告の敗北に終わったが、筆者は、警察と裁判所がグルになって、真相を闇に葬ったと思っている。なぜ裁判所が、これほどに警察の肩を持つのか理解できない。三権分立とは、実はウソだと知った。
 ある日、勤務先のビルから青い空を眺め、世の中には、こんな陰惨な事件があるのかと、茫然とたたずむことがあった。しかし同時に、自らの善なる心に従って、たじろぐことは許されないとも感じた。公権力が真実を闇に葬れば、我々の社会そのものが、暗い闇の底に沈んでしまうからだ。