「川崎・横浜大空襲の記録」へようこそ。  

  このWebサイトは、戦争と平和の問題を考えるための郷土資料庫となるべく用意されているものです。

  管理者の私が、このページを作ろうと思い立った直接のきっかけは、1997年の春、米国を旅行中にB29の元搭乗員、Donald Murray氏と知り会ったことでした。

  世代こそ違え、氏と私は親しく語らい、南北戦争の故地を共に尋ね歩き、たちまち良い友人どうしになりました。しかし帰国後、図書館に通い資料を探すうち、半世紀前に氏とその戦友たちが日本の上空に度々飛来し、爆弾・焼夷弾多数を投下して去っていった、その事実に異様な驚きと不思議さを感じずにはいられませんでした。

  猿から進化したはずのヒトが、初めて神々から授かった知恵を使い仲間に棍棒を振り上げて以来、これまで人類史上に数多くの戦争が闘われました。その理由は我欲、支配欲、復讐心、宗教熱や民族的熱狂、イデオロギーと様々ですが、我々が戦争を始める場合に、その反面にある人命のコストは抑止のきかない戦争熱の渦のなかで無視されるのが普通です。そして、想像もできなかったほどの莫大な犠牲を出して初めて、戦争の忌わしさを骨身に沁みることになります。

  日本帝国による中国大陸侵略に始まり、米国の参戦による日本帝国崩壊までの道のりほど、兵士か市民かのいずれも問わず、長く悲惨で莫大な犠牲を出した戦争もないことでしょう。 この悲惨な闘いを経験した市民の記録を、決して過去のものとして記憶のかなたに埋もれさせ、忘れることがあってはならないはずです。このことを長く語り継ぎ、一人でも多くの人が戦争のコストと愚かしさを知る、その努力を欠いてしまっては、太平洋戦争に関わった多くの人たちの死や犠牲が無駄になってしまう。

  「抑止の効かない戦争熱」は、けっして過去のものではない、このことを我々は2001年9月11日以来、眼前のものとして経験しています。なぜ戦争は始まるのか、どうすればなくせるのか、もう一度考えてみようではありませんか。

  ここに収録した記録のほとんどは、昭和五十年頃に川崎市・横浜市の支援により、当時の戦災体験を市民が記録した、「川崎空襲・戦災の記録」「横浜の空襲と戦災」に拠っています。Webサイトに収録するにあたっては、時間の制約から体験記全体の十分の一にも達していませんが、空爆の下で生死の境をさまよう市民の姿、戦争の恐怖と悲惨さは十分理解して頂けるものと思います。

  このサイトの実現にあたっては、文章・写真とも著作権上の問題について、川崎市公文書館・横浜市総務局市史編集室に、丁寧なアドバイスとご協力を頂きました。また、多くの犠牲者を出した横浜市内の東小学校(当時は国民学校)では、建物の位置を検証するにあたり、教職員の方々に多忙な時間を割いていただき、まことに感謝にたえません。ここに改めて御礼を申しあげます。

Web管理者・萩野谷敏明


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