2月14日 マリノフ利江「カナダからの報告会」要旨

  カナダのオンタリオ州議会では平成二十八年十二月に南京虐殺記念日を制定する法案が審議された。このときは議決まで行かなかったが、翌年十月、拘束力を持たない個人動議が通り、十一月にはマニトバ州でも同様な動きが始まった。

  支那事変と関わりのないカナダで何故このようなことが? という疑問が湧くが、二月十四日、文京区民センターにおいて、カナダに平成十二年から住んでいるマリノフ利江さんの「カナダからの報告会」が行われ、詳細が明らかにされた。

  それによれば、平成九年のカナダ・アルファ創設が発端である。アルファとは、第二次世界大戦アジア史保存カナダ連合の略で、アメリカにある世界抗日戦争史実維護連合会の下部組織である。香港生まれの中国系カナダ人が創設し、さっそく日本の暴虐をカナダの学校で教えるよう働きかけ始めた。平成十一年にはトロント・アルファ支部が創設され、ここの主要メンバーの一人にスー・ウオンがいた。スー・ウオンも香港生まれで、平成二十三年にオンタリオ州議会議員になると、南京虐殺記念日制定の中心となった。

  オンタリオ州は白人系が絶対多数を占め、州議会は反日でも親中でもないが、トロント・アルファは人道を前面に出して記念日の制定を狙った。

  それに対してマリノフ利江さんを中心とする日系人が反対の署名活動を始めた。そのような記念日の制定は州議会の決議に合わないという考えが議会の多数を占めたこともあり、賛成多数とならなかった。

  しかし問題点も浮きぼりとなった。オンタリオ州では中国系住民七十万人に対して日系人は四万人ということもあるが、マリノフさんと共に立ち上がったのはわずか数人である。マリノフさんが親しくしている議員は法案に反対したものの、アジア系集会に出席したので問いただしたところ、南京事件がどんなものか知らなかったという。

  また先頭に立って闘うべき領事館は、日系文化会館が窓口となったものの、かつて慰安婦問題で韓国系に負け、外務省が南京事件を認めていることもあり、正面から立ち向かおうとしなかった。マリノフさんは日本を専門とする大学教授を味方につけるような活動をしなければならなかった。

  それでも、二十九年二月に産経新聞が大きく報じ、六月に自民党の国際情勢検討委員会が州議会に抗議文を寄せ、七月には委員長の原田義昭議員がトロントまでやってきたことが励ましとなった。

  講演会の半分はマリノフさんと参加者の討論となったが、参加者は歴史問題に熱心な中国系と無関心な日系の違いを知った。中国政府のバックアップも考えられるアルファに対して、日系人は孤軍であり、余りにも脆弱すぎることも知った。参加者からは外務省の熱意のなさを批判する声が上がり、双方にとり刺激的な討論が繰り広げられた。これまでになかった講演会といえるだろう。 
 


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